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BOSEは1日にしてならず

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Twitter の匿名アカウントに人格が投影されるナゾ

TwitterFacebookと異なりアカウントは匿名で出来る。
匿名はいい。個人が特定されないので好き勝手なことがつぶやける。
よく言えば自由。悪く言うと無責任につぶやけるのは気楽だ。

実社会では到底できない傍若無人な言動も、うちに秘めたるドスケベな部分もさらけ出せる。
何しろ、誰もボクだと分からないからだ。いや、ボクが誰なのかなんて興味もないだろう。
そんな感じでTwitterを始めた。

ボクはTwitterはある意味「王様の耳はロバの耳の井戸」(作品によっては掘った穴だったり、木のうろだったり)だと思っている。
叫びたい本音を叫ぶことが出来る。
時と場合により反応もある点では「井戸」よりも、つながっている感が強い。言った甲斐がある。

そんなボクだけどボクよりもワイルドなボク、が存在するTwitterだったが、
いつしかTwitterの世界でコミュニケーションが生まれた。
悩みをつぶやくとそれにリプライがあり、励まされる。
疑問をつぶやくとそれを丁寧に教えてくれる人がいる。
キン肉マンやゲームについて語る人がいる。
そうこうしているうちに匿名アカウントに等身大の自分がどんどん投影されてくる。
むしろ、知人の目を気にせずに本音をつぶやいているのだから、これぞボク自身だと気づく。

フォロワーとフォロウィーにはリアルな友人1名を除き会ったことがない。
それなのに、実際の知人友人よりも自分をさらけ出しているという矛盾。
この経験がない人には未知の領域。認めてはいけない世界。
きっと虚構と現実が区別できないなんて常套句を言われるオチだ。

でも、そこには間違いなくボク自身がいる。不思議で面白い現実。